20201022

俺がフォローしてるyoutuberがこんなツイートをしていた。

俺もこんなふうに考えていた時期があったのに今は生きがいというものに囚われて生きる苦しみを味わっている。
今年の初めごろにあれだけ嫌っていた仕事をやめたのに生活は全然楽しくならない。

外を歩いていろんな人とすれ違う時に、この人は何を拠り所にして生きているんだろうと考える。
恋人や家族がいる人はわかる。
でもいない人はどういう原動力で生きているのだろうかとかいらないことを考える。

最近光浦靖子の書いたエッセイを一部読んだ。
旦那も子供もいなくて自分は誰からも必要とされていない人間なんじゃないかって書かれてて、まさに俺が普段感じていることだと共感した。
そのエッセイに関するマツコデラックスの記事も読んで、その中でマツコデラックスも、今は仕事がたくさんあるから余計なことを考えずにいられるけど、これが落ち着いたら同じように悩んでしまうんじゃないかと書かれていた。
恐ろしい。
あんなにテレビで活躍して富も名声も得たマツコデラックスですらそんな不安を抱いている。
つまり答えはそんなこと考えない方がいいってことなんだろうけどどうしても考えてしまうというか、無意識に自分の生きる意味、存在価値を意識してしまう。そして自分には生きる意味も存在価値もないので辛くなる。

上のツイートのようにゲームして寝るだけで幸せと感じている人間がいる中でこんな悩みを抱くなんてとんでもないバカ。


話は逸れるけど、前の職場の可愛い子の弟にLINEでお姉ちゃんって彼氏いるのって聞いたらいるって返ってきた。
あんだけ可愛かったらそりゃいるよな。
でも昨日の記事に書いたように俺は昨日初恋の人の夢を見て、それから前の職場の可愛い子に対する執着心が結構薄れた。
だから他の女の人でも比較的簡単にあれだけ好きになれるのかもしれない。
それはちょっとよかった。
前の職場の子が今まで会った中で一番可愛い、あんな好きになれる子とは今後一切関われないに違いないと思っていたから。
改めて文章に書いてみると俺って思い込みがやばいな。やばすぎる。
常に短絡的。

話がバラバラでまとまらないけど俺が今思うのは、とりあえず考えを改めなきゃいけない。
そして考えってのはスイッチみたいにパチって一気に変えられるものではないと思う。
日々を積み重ねて変えていくものだと思う。
思考をゆっくり矯正していきたい。

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